2014年3月1日土曜日

エーブル山中湖前からの男富士

FaceBookにお世話になった不動産屋さんの天空動画がありましてその中に出て来た言葉。
エーブル山中湖前の山中湖湖畔での富士山。

山中湖からの富士は怒り肩と言って、向かって左に宝永山、右に小御岳が聳り立っています。
無骨というか荒々しい姿の富士山。
中央から右に流れる深く抉れた溶岩流跡がとどめを刺しています。
一般的に言われるような富士ではありません。
味わい深い生き物の様な火山の営みの瞬間だと思いますけど。
これも感じ方は人それぞれで山中湖在の私には選択権はない。
これを「男富士」と称し、河口湖の優美な富士を「女富士」と称するのはちょっと一般的では無いようです。
山梨県側、静岡県側という分け方が一般的ですがその定義の根拠が判らない。
個人的にはどうも山中湖から見る富士がやっぱり日本一の男前だと自負しちゃいます。
確かに河口湖の富士はなだらかさと優美さでは女性的です。
でもよく考えるともう少しふっくらした方がいいような気がします。
両肩を張る富士も男前ですが、これはどうでしょうか。
山頂からの凹凸感でやはり富士の荒々しい自然を感じます。
まさに男富士です。

このようなお話を手前味噌ともいいます。
ただ、自分が感じる事が重要で単純に富士山が見えたとか見えるとかの話とは違う。
お山に対する敬意とか自然を好むとかもっと純粋な思いのような気がします。
そういうことが山岳信仰になると容易に想像がつく訳です。
富士講という山岳信仰じみたお遊び旅行が江戸時代にありました。
元々、富士山を取り巻く神社群は浅間神社と称したくさんあります。
富士五湖に関しては現富士五湖形成前から修行僧が修行を行なった歴史もある。
とどめは世界遺産の信仰の根源という取って着けた遺産理由。
まあ、富士山は人間に限りなく利用されるほど目立つわけです。

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