2016年1月7日木曜日

耐震工事で水泳教室が中止 参加者受け入れ事務


品川区では一般開放しているプール施設のほとんどが本年度内に耐震工事を行うために水泳教室がその間中止。
水泳連盟では教室参加者に代替え教室の斡旋をしています。
昨日はその事務手続きとクラス分けやら指導員配置やらで大忙しの教室でした。
他の教室参加者もなんとなく知っている方もいたりでしたね。

私の近所にお住まいの女性の方からお声をかけていただきました。
本当に隣のマンションにずっとお住まいで私どもが文房具屋を経営している時のお客様だったそうです。
もちろん、まだお子様だったようですけどね。

もちろん、既存の参加者の方々もお元気に待ち遠しかったのかなあ。
2割程度増えたんでやりくりが心配でしたがベテランのコーチですからテキパキと流れていました。
これが3月まで毎月参加者が変わりながら受け入れます。
事故が起こらないように。
参加者が満足するように。

2016年1月6日水曜日

珈琲屋 横浜馬車道入口 ハンバーガー オレンジエイド



「珈琲屋」はこの通り屋号です。
ここはクラブの先輩がクルマで連れて行ってくれた店。
ハンバーガーショップですね。
L字型のカウンターのみで店内は船内グッズが飾られていました。
てっきり経営者は船乗りだと思っていましたが、なんと隣のカメラショップの店主だったそうです。
日本マクドナルドの創始者がここのハンバーガーを気に入ってマックを始めたのは有名。

高校時代、元町に行くとジャーマンベーカリーレストランでハンバーガーを注文するのが決まりでした。
うまくいけばナンパした女性同伴。
といっても私達は男3−4人でしたけどね。
これがハンバーガーを初めて食べた記憶です。
それから、学校帰りに六本木入口というか飯倉のバーガーインにも行きましたね。
大学時代は「珈琲屋」だけだな。

当然ですがハンバーガーは美味いわけです。
コーヒーは分厚い陶器のコーヒーマグね。
男同士だとコーヒーですが、女性と行くときはオレンジエードをチョイス。
オレンジを絞るアルミダイキャストのギロチンが立派でした。
何しろそんなもの見たこともなかった。
オレンジはヘタが切り落としで半分のドーム型をこのギロチンで絞り出す。
それから砂糖水を加えて絞りかすのオレンジを載せる。
コップは厚手で結構な大きさだったけどほとんど氷。
オレンジって当時はなかなか無くてオレンジと言いながらみかんジュースが多かった。
まあ、子供にはわからない味ですけどね。
つまり、当時のオレンジはかなり酸味が強く砂糖水でも加えないと甘さのないものだったのかもしれません。
オレンジジュースをオレンジエイドともいうんだという認識。
ジュースが基本的に果汁のみを指すというのは全く知らなかった。
何しろ、ワタナベジュースの素で育ったわけですから。
プラッシーというみかん果汁飲料水は高級だったけどあれも砂糖水。
ただし、底にみかんの粒が数個入っていた。

ハンバーガーはバンズに肉パテだけ乗っていてピクルスと玉ねぎの輪切り、トマトが付いていてそれを自分で挟んでケチャップとマスタードをかけるという儀式。
当然ですがこれ、当時の私にはとても物足りない食べ物でした。

私用にぴったりだったのがビッグフッド。
長いコッペパンにウインナーソーセージと玉ねぎ、ピクルスのみじん切り。
これにケチャップとマスタードね。
もちろん普通サイズのホッドドッグもあったしドーナッツもあった。
今だとコストコのフードコート、ホッドドッグのソーゼージ極細だと思えば当たり。

横浜、やっぱり素敵な街でしたね。
東京にはないものが横浜にあった時代ですね。

閉店は店主の高齢化と借地の書き換えだったようです。

今は店主のお子様が山手でケーキ屋さん。

えの木てい

ここで復刻バーガーを味わえるそうです。
一度行ってみたいなあ。
この写真を載せているブログがありました。

はまれぽcom

オリジナルジョーズ Original Joe's イタリアンレストラン

関内にあった日本最古かもしれないお店。
2011年頃に閉店。
ネットで拝借したものですが、このテントになったのはずいぶん後ですね。
確か、昔はストライプのものだった。
学生時代は入れなかった高級イタリアンです。
近くにローマステーションってのがあってそこは行きましたねえ。
タコスがあったりしてタコスはイタリアンだと思っていました。

学校を出てからよく利用するようになりました。
主にデート用ですね。
薄暗い店内でオリジナルソーセージなど頂くのはとってもゴージャスな気分。
パスタは茹で加減が今のとは違い、うどんのように柔らかい記憶があります。
ピザもベースが薄くてペラペラ。
時代が違うのかもしれませんが懐かしい。

閉店は寂しいんですがメモリアルレストランですからそれでいい。
今更あの大きなテーブルとふかふかのベンチシートはないでしょ。
分厚いテーブルにギンガムチェックのテーブルクロス。
それが、やたらと太いチェックで度肝を抜かれました。
こんな派手なテーブルで食事かよってことです。

アイスクリームが秀逸でしたね。
アイスクリームに色とりどりのドライフルーツが入ったのね。
スプモニらしい。(友人談)
彩のいいフルーツ入りアイスクリームです。

とにかく、おしゃれな気分にさせてくれましたが、ちょっと高飛車。
でも、おばーさんウエートレスがお一人いて、彼女が素晴らしかった。
足を悪くしてもう辞めるなんて言ってらして、いなくなったら行かなくなった。

店内は入口にカウンターと待合ソファー。
カウンターで一杯やりながら席を待つって算段。
予約でしたからそれほど待ちはしませんでしたが、結構満席でしたね。

閉店になった理由は不明です。
想像するに、続けるには相当なリニューアルが必要。
しかも、あの雰囲気を守るのは結構難しかったかもしれません。
あるいは経営者が亡くなり跡継ぎがいなかった。
味を守るシェフがいなくなった。
などなどでしょう。

ちょっと寂しいけど、戦後の食文化発祥のお店かもしれません。

2016年1月4日月曜日

思い出の鉄道模型 Nゲージ

鉄道模型は大学時代に本格的に始めたもの。
部活を半分引退した3年生の時に横浜伊勢崎町の篠原模型店にふらりと入ってはまる。
進駐軍以来の米国人が顧客でした。
当時はHOゲージと言って1/87のスケールモデル。
30代まで大量にコレクション。

それが40代になって走らせたいなあという気分に。
HOゲージを走らせようとレイアウトも作ったんですが6畳間程度じゃとてもダメ。
諦めていました。
60代、Nゲージの1/160スケールならなんとかなるかもと考えちゃいました。
大学生当時も相鉄ジョイナスのチヨダママストアのレイアウトを見たり、伊勢崎町のチヨダママで数両買ってました。
全紙のパネルにレールを敷いて昔のディーゼルカーを走らせて遊んでみたところ、こりゃなかなかいけるということに。
そこで長さ3.6M幅1.8Mのベニヤ2枚にフレームをつけてレイアウト製作。
レイアウトは以前のブログでも触れたんで制作記は置いておきまして、走らせる車両。
これを大量に米国から輸入。
動力車はほとんど米国形の蒸気。
なぜなら架線を貼るのが大変なのと米国はディーゼルカー。
蒸気の写真はSouthern Pacific RRのMT−5モデル。
古いモデラーなんでブラス製に拘って再度、コレクションしながらレイアウト製作。
そうしないと、レイアウトの製作意欲が湧かないわけです。



これは数少ない日本製。
米国でも住宅事情が変わって広大な地下室とかホビールームが取れない時代になった。
せいぜい10畳程度の書斎の一角で走らせるのがNスケールの魅力になった。
というものの米国でも鉄道模型を楽しむ人口は減少、高齢化。
コレクターが亡くなると大量に古いブラスが出回ります。
HOを楽しむモデラーはクラブ組織でスペースを借りて運営、製作ですね。

1年もするとレイアウトも飽きます。
同じ景観だしメインテナンス、手直しも大変です。
特に路面の維持は毎日クリーンナップしないとスムーズには走らない。

そんな訳で長期ほったらかしでした。
なんとなく正月暇な時間にコレクションを眺めました。
やっぱりいい。
威風堂々とはこのこと。
1/160ですから虫眼鏡的なロコですが技術が立派。
上は日本製のAC-12キャブフォワード。
そう煙突を後ろにして機関士を守る。
トンネル対策だったようですが、Southern Pacific鉄道はほぼ重油なんですよね。
それでも煙は出たんだなあ。
石炭より白っぽいんですがかなりの量ですね。
テンダーと言って後ろに石油タンクを積みポンプで運転台まで運んでボイラーで燃焼。
この仕組みは全米でもSP鉄道だけですね。
大平原を全長500M以上の貨車を牽引してたんですね。

日本製はプレスを多用して立体感を出しています。
韓国製はなんでもロストワクスで半田付けしてディテールをつけていますね。
時代が違うということでしょう。
日本製はスケール感もエッジの甘さもないですね。
モーターはどれも日本製のコアレスとかキャノンモーターなど。
当時の価格としては日本製が韓国製の5倍程度からスタートでした。
最終的には日本のメーカーは採算が取れずギブアップ。
組み立てる技術者も高齢化したり、長年の半田付けで鉛中毒などあったようです。
輸出は1950年前後から2000年前後と50年間の歴史で進化し続けました。
それを韓国が引き継ぐような形で数量も少なくバリエーションが多い悪条件でも30年程度は続いたんでしょうね。
韓国には鉄道模型がないので輸出一本やり。
つまり、日本のような繊細なデフォルメとかはなく、設計図通りの精密組み立て。
日本は精密度ではかないませんが品のいい製品を作っていました。
これって米国人にはどうでもよくて値段ですかね。
最終的には中国になりそうでしたが成功はしませんでしたね。
韓国止まりでブラスモデルは終焉。

丈夫さも考えて作られていますのでハンドレールなど太い真鍮線ですね。
ステップ、台車もプレス打ち抜き、ディテールもエッチングよりプレス型押し。
ヘッドライトなどは引き物加工。
ナックルとか車幅ランプなどがロストワックスですかね。
工芸品というか金属加工品とハンドクラフトな半田付けですね。

投稿写真の個人情報垂れ流し 防止 iPhoneとMac

個人情報についてほとんどの方が漏洩しない方がいいと考えています。
ところが本人が漏洩していることが多くて責任は本人の場合が多い。
例えば、新聞に自分が写った写真が載っていれば新聞社に抗議すればどうなるか。
主体的なものでなく、たまたま写ったなどは問題にしてくれません。
ただし、悪意的に撮影され掲載されたことを証明出来れば謝罪位してもらえる。





メタデータを消去した静止画。


メタデータを残したままの静止画。


普通に利用する場合は問題ないんですが自分以外の方が写っていたり、撮影場所そのものに問題がある場合はこれを消去した方が個人情報漏洩に関して安全です。
個人情報についてほとんどの方が漏洩しない方がいいと考えています。
ところが本人が漏洩していることが多くて責任は本人の場合が多い。

例えば、新聞に自分が写った写真が載っていれば新聞社に抗議すればどうなるか。
主体的なものでなく、たまたま写ったなどは問題にしてくれません。
ただし、悪意的に撮影され掲載されたことを証明出来れば謝罪位してもらえる。

個人撮影したものの場合は問題が多いと思います。
例えばLINEなどにアップした場合、悪意があると言われれば即、謝罪でしょう。
犯罪に使われたりすればもう、幇助罪だってあり得る話になります。

笑えるのは、自分で垂れ流しながら流用されたり、メタデータを公表された場合、個人データを使われたと騒ぐのは滑稽です。
なぜなら自主的に公開していると判断するのが一般的です。
ネット社会でははじめに自分が自分を守ることが鉄則です。
場所を特定されては困るような写真にはメタデータを消去することがマナー。
ラブホテルで写したラブラブなショットを公開して場所を特定されても自己責任。
あるいは人の写真を流用して損害賠償を請求されたりするかもしれません。

何れにしても、ネットで写真を公開することはその全てに自ら責任がある。
一般的にはどこにいても何をしても自由ですから問題ないんですが、ラブホテルの写真を公開して彼女に告訴されるなんて当たり前でしょう。

MacのOSXですと、
EXIFPurge


iPhoneですと、
TrashExif

これらで簡単にメタデータを消すことができます。
自己防衛することが一番です。
訴えられなくても、自身が困ることも発生する可能性があると思います。
何しろ垂れ流しですからどんどん流用される可能性があるということです。

ソーシャルネットワーク時代では写真がない書き込みはインパクトなし。
あまり、一般公開しないのも必要です。
限られた範囲でプライバシーを守る。

2016年1月3日日曜日

東京 だらだら 昼寝 業務スーパー

今日からはダラダラ生活満喫予定。
10時前にやっとベッドを抜け出す。
ワンコの散歩は帰宅中の息子任せ。

ランチはスープスパゲティー。
この野菜は日本風。
それに骨つきスモークミート。
やっぱりミートローフには負けるなあ。
パルメザンたっぷり、タバスコ数滴。

特に予定がないのも辛い。
無理やり夜に業務スーパーを予約。
友人の紅生姜につられて小袋。
ピーナッツせんは想像している味があるけどどんなものか。
おしゃぶり昆布、これ国産なんで2袋。
野菜チップス、甘納豆の小袋入り。
野菜チップスはスープなどに入れてもいいと書いてあった。
鮭のふりかけって乾燥ものだと塩気が強い。
はごろもフーズってメーカー品があって味カツオが決め手だってロゴに一袋。
小袋6入りの柿ピー。
これやたら軽くて85円程度。
亀田じゃない。
ついでに手に取ってしまった。
当たり前田のクラッカー。
何か乗せてもそのままでも美味い。
粉物ってことでそりゃおやきみたいなもの。
スープに入れちゃう手もある。

あとは定番のいちごジャムやらインスタントコーヒーなどなど。
平和島の業務スーパーって30分無料パーキング。
それ以上は2000円以上のお買い上げ。

結構遊べました。

2016年1月2日土曜日

山中湖22 初詣 渋滞

今年のお正月は暖かでした。
紅富士を見るつもりが起きたら10時。
起きられなかった。
バルコニーから日本晴れの富士を拝みました。
夏場は木々の葉っぱでほとんど見えませんが冬はよく見える。
だらだらとおせちを頂きました。
やっぱりお重がないと正月気分が出ませんが、大晦日から突いていますからね。
お雑煮もやっぱり頂きました。
いい味で美味しかった。
元旦といえばニューイヤー駅伝。
伴走車はほぼ軽自動車。
これが驚きですねえ。
軽自動車の低速性能が上がったのかエンジンがいいんでしょうね。
ホンダは優勝できず、トヨタが優勝。
勝負はどうでもいいのが駅伝ですかねえ。
午後2時過ぎて、初詣。
初詣は山中諏訪神社です。
ちょっと遅すぎて破魔矢は品切れ。
頂けるんですよね。
去年の破魔矢はお返ししました。
賽銭は50円で今年一年の健康を願うわけです。
これまた無料の甘酒を頂戴しました。

今日帰ることにしたんで渋滞情報などを見て9時に出れば大丈夫と結論。
2時間14分で渋滞ありです。
3時間あれば十分に元旦帰省するわけです。
晩御飯は雑炊をリクエスト。
おせち、雑煮で雑煮の出汁で雑炊。
これがとっても美味。
当然ですがお重に残った料理やらお餅やら全部ぶっ込んで食材整理も兼ねます。

予定通り出発。
東名に乗る前にコンビニでトイレ。
東名では中井、海老名、港北のPA,SAでトイレ。
何しろ正月で水物ばかり飲んでトイレが近いのなんの。
予定通り12時前に帰宅。
今回は4日間のショートステイ。
このくらいだと観光者気分ですねえ。
あっちこっちへ。
と言っても観光見物じゃなくて地元回りでした。
しかも、富士吉田も行かない。
せいぜい、忍野村をぐるぐるでした。
冬はショートステイに限るかなあ。
特に正月は結構、道も混んでましたね。

しかし、居住しているというのは本当便利ですね。
道路事情などで出る時間はいつでもOKな訳です。
これが旅館などといえば午前中に追い出されちゃう。
家でのんびりしてそろそろ出るかって調子で全然問題なし。

もう一点、山中湖〜東京ってのは隣町みたいなものです。
せいぜい2-3時間で到着しちゃいます。
今回は湖畔まで着いたらデニーズで夕食ってな具合。
なんだか東京も、山中湖も隣同士。
生活もほぼ同じことが可能です。
いやなら無理矢理、観光気分に浸るために金使えばいい。
富士山が間近で湖があって最高です。

ただ冬は寒いですね。
東京と10度以上違います。
標高差も1000Mですから近くても行くと外地なわけです。
気分は全く違うものになるのでリフレッシュされます。
今度は3月かなあ。