2014年3月29日土曜日

老いを楽しむ 介護保険証

介護保険証が送られて来た。
なんだ、俺も介護される年になったのか。
今ふと思いました。
老いというのは未知の世界。
自然に過ごせば新世界が広がっている。

最近、自然なものに興味がわいていることに気づく。
鳥であったり、花であったり、景観であったり、空だったり。
私の場合はほとんど興味無い分野でした。
もっと俗物的なものだったし物欲だったりクルマ、模型などなど。
女性を美しいものとか思わなかった。
それらのものが対象外になった訳ではないのですがそれ以外に色々あることに気付いた。
それが未知の世界でしたね。
気付くとかなり神秘的で1+1が2でないことが判って来た様な不思議な気分になる。
今日の景色はどうだろうとかどんな鳥がいるだろうかなどなど。
しかも、趣味的、意欲的などとはほど遠く、単に気付く、感じるだけ。

水泳指導でも感じます。
上手くさせるのが指導だと思っていたのが遊ばせるのが指導だと思うようになる。
指導計画が長期のものだと判る。
今ココで上手くなるよりあとでドンと上手くなる気がする。
どうせ理屈をこねても所詮同じ気持ちにはならないことが判る。

食べ物でも感じる。
何を食べても美味いというのはただ飢餓状態の解消なんだと。
食べたいものが無いのではなく空腹を満たすことが第一になっていたこと。
最近は記憶を辿り甦る味をもう一度というか再度味わいたいとか。
注文してもだめなら自分でやって作ってみるかとか。

犬の散歩でも感じる。
運動のつもりだったのが周りの気配を感じるようになる。
鳥の鳴き声や天気などがやたらと気になる。
なんだか繊細になったと言うより敏感になっているようだ。
年取ると鈍感になるはずじゃないのかい。

当然、不便もある。
すぐに息が切れる。
名前が出て来ない。
「あれが」 「あれだった」「あそこ」など「あ」で始まる言葉が多くなる。
おしゃべりになるが言葉が出て来ない現象。
いやはや、情けないやら淋しいやら。
あと何年かするともっと酷くなる様な気がする。
それも恐い。
これが老いを楽しむ最大の難関だなあ。
こんな与太話が出来るのは何となく健康だと思っていることに違いない。
それも折り込み済みなのが老人の切ないところ。
いろいろあるが楽しまないとやってられないのよね。

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