2014年8月8日金曜日

Norman Rockwellと谷内六郎 イラストレータ 米国文化 日本文化 大橋歩もいたなあ

彼を知ったのはVAN創始者の石津謙介さんの著作から。
彼とノーマンロックウェルとはほぼ同年代。
この手は風刺画などと言われたりするが彼の題材はアメリカンカルチャーだろう。
作品数は膨大らしいがほとんどが火事で焼けちゃったらしい。
この作品集は印刷物として残っていたもの、つまり雑誌の表紙。
332枚と大量だが、その何十倍も書いていたらしい。
週刊新潮などもずっとイラストですからその元祖かもしれない。
谷内六郎さんがずっと描いていた。
1956年創刊号から亡くなるまで書き続けたようだ。
こちらは週刊誌だから年間50枚以上の量産。
ノーマンとは全く画風が異なる。
ノーマンは写真を撮りそれを元に描いたそうだ。
谷内さんはもともと漫画家だったんだろうか写実からは程遠い記憶の中の風景。
日本人は漫画好きなんだろうか。
アメコミとは全く違うのが漫画。
それは置いておいて、この二人の共通点はたいした教育は受けていないようだ。
つまり、美術大学などで勉強したということではない。
谷内さんは工員をしながら独学。
ノーマンは15-6歳から売り込んでたらしい。
モチーフが共通点。
どちらも犬が描かれている。
たまたまではなく動物を入れている絵が多い。
あと子供が多い。
ノーマンは元々ボーイスカウトの雑誌でスタートしたらしいから子供は得意。
谷内さんはどうなんだろう。
ノーマンは谷内さんが生まれる前から雑誌の表紙を描いている。
谷内さんは週刊新潮以外は単行本の表紙が多い。
私がもっとも印象的なのはこの週刊平凡パンチのカバー。
ちょうど、IVYファッションが重なりファッショナブルな男たちが描かれている。
大橋歩さんは多摩美術大学卒業だからちょっと本格派だったのかもしれない。
彼女がVANに売り込んだ絵で月刊メンズクラブに載った。
これを観た平凡が新しい週刊誌のカバーを頼んだわけでかなりラッキーガールだ。
大橋さんのイラストは服飾デザイン画かもしれない。
パンチでの特徴はガングロなのだ。
犬も子供もなし。
週刊プレーボーイに比べるとやや上品だったかもしれない。
ファッション画としては認めるがどうもノーマンや谷内とは違うのは時代なんだろうか。
男と女の違いかもしれない。

とにかく、谷内もノーマンも風景が見えるが大橋には見えない。
ということで現在はカバーイラストレータは途切れている。

GABEL 半袖プルオーバーシャツ 日本製

ふとしたことでネットで見つけたショップ。
オーダースーツ、シャツをメインに扱う本格派メンズテーラー。
デザインは全てアメリカントラディショナルアレンジときた。
今どき、プルオーバーを作るのはVAN JACだけだと思っていたがどうしてどうして。
有限会社ガーベル新潟が正式社名のようだ。
いくら地方都市でもネット販売ってのがあるからそれなりに商い出来るのだろうか。
ファッションといっても団塊の世代だけのようなアイテム。
サイトをみると結構若い方も顧客のような気がするがどうだろうか。

今のVAN-JACより衿幅があるのはループカラーにしたいかららしい。
確かにネクタイが出来そうだがプルオーバーにネクタイか。
素材はサッカー地だが柔らかいのでゴワついた感じは全くない。
つまり、薄手のサッカー地で品はあるが肌が透けるのでアンダー必須。
そして、何と言っても日本製なのだ。
現状のVAN-JACは中国製でそれと比べるとどうだろうか。
確かに中国製の縫製も仕上がりが良くなっているが心情的に日本製がいいに決っている。
センタープリーツのハンガーループもコダワリだろうか。
個人的にはどうでもいいのだが確かに引っ掛けるのに便利。
価格的にもVAN-JACと変わらず売れるのだろうかと心配になる。
手作りなタグだ。
こんな商品を買ったことないなあ。
サイズ的にはかなりゆったりとしたAラインだし着やすいことは保証できる。
優良国産品であることは違いない。
弟から「ボタンは貝」と聞かれました。
もちろんそうです。

GABELのサイト

買い物カゴはあるんだけど、買い物カゴへリンクがないのは困るなあ。




2014年8月7日木曜日

五反田のうなぎ屋 よね山 まむし丼

五反田といえば山手線内で有楽街のイメージがあるかもしれない。
私にとってはNTT関東病院が一番。

品川区総合体育館が十数年前に大崎から日野学園に併設されちょうど五反田と大崎の中間に位置するようになった。
大崎時代はせいぜい大崎ニューシティーの食堂街でランチだったが、新しい場所にはいくつかランチの場所が出来た。

そのひとつが「よね山」、歩いて1-2分の距離。
丁度、清泉女子大学入口近くにある。
昔、飲み屋だったかという変な作りであるのは「うなぎ」だけ。
多分、ご主人は長年修行された方だと思うのはその年季の入ったメニュー。
といってもいつもはランチメニュー。
ランチのほうが数百円安いが売り切れゴメンで無くなると即閉店。

なんだか夏の暑さがシンドくなって今日はうなぎだと思った。
今まで、総体でランチにうなぎだったが、今日はじめて、うなぎを食べに総体へ。
一階はカウンターでせいぜい6席位、二階にテーブル席。
まず、出てくるのがお箸と漬物、冷たいほうじ茶。
今日はわざわざ来たんで憧れの「まむし丼」を注文。
これ、ランチの2倍料金でうなぎが上下二段で2倍ってわけだ。
想像をこえるボリュームに圧倒される。
山中湖おおもり食堂のカツ丼なみに観ただけで満足感が大きい。
うなぎもランチのうな丼より大きい。
山椒をかけて、うなぎのタレを掛ける。
タレはもちろんかかっているから要らない。
このタレは醤油ダシで醤油とミリンだろう。
しかも塩気が多いから好みが別れる。
どんぶりは若干浅く大きな器なので2段のうなぎがひしめいている。
そこに薄くご飯って感じでほとんど口の中はうなぎだらけになる。
そして塩気からうなぎの甘みは噛むほどに旨味に変わる。
つまり、塩気→甘み脂→ご飯の糖質が合わさって最後は旨味が残るわけだ。

うなぎが絶滅危惧種に指定されこれからは食べる回数も減るかもしれない。
しかし、この食習慣は日本の夏にピッタリ。
なるほど、とろけるうなぎがご飯を包み、旨い旨い、この上なし。

まことに美味しいうなぎを頂き感謝至極。


リングの思い出 指輪

男性の指輪って、昔は怖いお兄さんって感じでしたが、これを払拭したのがメンズクラブのカレッジリング紹介ですかねえ。
当時はファッションの一部で紹介ですがカレッジリングなどは出身校のステータスなんですけどねえ。
高校時代はアメ横あたりで購入した安物というか偽物をしていました。
大学に入って1972年に米国旅行ツアーが学校で開催されまして参加。
当時は360円/ドルという時代。
ボストンのオックスフォード大学ビジネススクールに行った帰りに数人とユニオンストアに入りました。
そこには本物のカレッジリングがありまして、どうしても欲しくて注文。
送料は不明ですが150ドル程度で54000円と高額なお買い物。
親が持たしてくれたのは1000ドル程度だったような気がしますがどうだったか。
当時はトラベラーズチェックという定額小切手でしたね。
それが薬指のくすんだリングです。

数年前にMy奥様の誕生日プレゼントとしてスクールリングを探してまして、ついでに便乗。
小指がSのイニシャル、スプリングフィールド高校1950年卒業のリング。
人差し指はTのイニシャルで校名は不明1956年の卒業リング。
自分のイニシャルを選んだだけで特に学校とは関わりはないです。
これはかなり重宝しています。
で中指がコヨーテのインディアンジュエリー。
これは量産品で大した価値はないのですがデザインが秀逸だと思います。
シルバーなのでサビが出るのが玉にキズ。
ほかにもいくつか有りますがほぼこの4点がいまでも使うリング。
こうしてみるとジェムストーンってのかガラス球みたいな装飾ですけどね。
アメリカのきらびやかなデザインは日本の宝飾デザインにはないですね。
もちろんヨーロッパにもないでしょうけど。
アメリカにもヨーロッパ的なティファニーみたいな宝飾が主流でしょう。
しかし、一般市民にとってはこんなモノが装飾品としてまかり通っている。
それをわざわざメンズクラブは紹介してくれたということです。

メンズクラブといえばVAN-JACです。
そういえば、VANショップにスクールリング売ってました。
なにしろIVYリーガーがお手本ファッション。
IVYリーグってフットボールのリーグ戦グループなんですね。
しかも、1950年代から始まったもので歴史的には大したこと無い。
アメリカンフットボールの歴史はプリンストン大学で行われたサッカールールらしい。
しかし、ハーバード大学はこれを拒否してラグビールールのフットボールを始めた。
ここいら辺が結構学閥意識っていうのでしょうかねえ。
結局、今のアメリカンフットボールはハーバード大学系でしてスクラムをスクリメージというラインにしてボールを見えやすくし攻撃権を明確にしたものに変革される。
スポーツも開拓精神にあふれたものだったんでしょうか。
ベースボールも日本ではクリケットが元祖のように言われるがタウンボールという中世フランスの投石ゲームが始まりらしい。
何しろ石ころを投げたり蹴ったり棒で叩いたりしてゴールに入れるゲームで死者が出るような戦争ごっこだったらしい。
イギリスに渡りさすがに危険ということで革巻きボールを使うようになったようだ。


2014年8月6日水曜日

中国の期限切れ鶏肉6000トン

日本国内に輸入された製品でファミリーマートとマクドナルド商品。

まずは輸出した上海福喜食品という企業は米国資本ということらしい。
社員は期限切れを食べても死なないという感覚で罪悪感なし。
床に落としてもきれいだという開き直り。
世界17カ国に輸出されているので日本以外でも問題になるはずだ。
発覚した発端は上海のテレビ局の「東方衛視」の潜入取材だったということだ。
もちろん、政治家や行政などは多額の金を受け取っていただろうから知らぬ存ぜぬ。
報道されている話はほんの少しだけ。
例えば、ナゲットに使う小麦粉には大量の虫が湧いていた。
変色した肉を加工していた。
本来破棄される部位もミンチにして使っていた。
反吐が出るような管理というか企業方針でしかも二重帳簿で会計もでたらめ。
ほんとうに2社しか輸入していなかったのだろうか。
KFCが使っていたと報道されている。
スターバックスや吉野家なども使っていたようだ。
それ以外にもケータリング、ファーストフード、ファミレスなどあるに違いない。
きっと、鶏肉は食べないのが正解だろう。
マクドナルドは処分を含め60億円の損出だと言っている。
これも当たり前で原発事故と同じで儲けた分が減るだけだろうが痛手は大きい。

ファミマのホームページから

マクドナルドのホームページから

原爆と原発

我々の世代つまり、戦争体験はしていないが戦争の傷跡をたくさん知っている人間は核、原子力については特別な感覚があるとおもう。
日本は原爆でトドメを刺されて敗戦という感覚。
たくさんの日本人が苦しみ死んでいった事実。
僕らが20才位までは原爆被害者は家から出られなかったという話を聞いている。
酷い姿で苦しむ様子を見せたくないという本人、家族の意向だろうか。
可哀想になあとだけ思っていた。

核兵器について米ソでの開発競争、力で制すという構図だろうが、ソ連が崩壊したのは核兵器開発で負けたわけではなく統治できなくなった政権だろう。
つまり、戦争ではなく民衆の力の方が核兵器より抑止力、矯正力が働く事実もある。
それ以来、低開発国が未だに核兵器を持とうと考えているようだが国情は最貧。

日本は資源がないハンデを理由にコストが安いと間違えた宣伝で原発を推進。
原発コストが如何にコストが掛かるかを考えず信じた国民、いや政治家も事実は判らなかった。
確かに、石油などに頼った電力政策には限界があっただろう。
原発事故ではじめて原発のコストが見直された。
つまり、放射線物質を管理し続けるには数百年、多額のコストがかかり続ける。
なんのことはない、電力消費した時代のツケを将来の人間が払い続ける訳だ。

ちょっと先輩の吉永小百合さんの記事

2014年8月3日日曜日

山中湖11 報湖祭 プールサイドパーティー エーブル山中湖

8月1日の報湖祭花火大会見物が目的で15時出発。
時間もないので東名御殿場経由で2時間。
すぐさま、オギノで食料調達。
全く、OGINO様様だと思う。
富士山もしっかり見えていて花火大会も大丈夫な予感。
しかし、山中湖湖畔の通りはいつもの数倍の混雑。
駐車場などすべて満杯、神明前のセブン-イレブン駐車場などはパトカー専用駐車場。
山中地区のステージでは漫才というかお笑いライブ。
完璧な炭水化物弁当。
助六うどんセット。
助六ににぎりはないだろうなどヤボなことは抜き。
部屋にはいるとむっと暑かったのは除湿機の熱。
開け放ち、エアコンを入れるとあっという間に快適。
花火大会は20時から1時間8000発を湖畔3箇所で打ち上げ。
メインは山中地区のようだがこちらは長池親水公園。
エーブル山中湖前の湖畔からは全てが観られる。
花火が打ち上がると俄に雨。
その後ドンドン強くなる。
花火の写真どころじゃない。
茂みに入り雨を避けているのに全身ずぶ濡れ。
雨粒が目に刺さり目が開けられない。
20分ぐらいで震えが来て退散、すぐに入浴で体を温める。
ズボンもずぶ濡れだがシャツは絞れるほど、iPhoneは水中ハウジングで救われる。
花火の爆発音と落雷の音が重なる中で入浴はなかなか複雑。
夜遅くまで豪雨で外にも出られず、ワンコの散歩も中止。
改めて、山岳地帯だなあと、寒さ、豪雨、落雷が一斉にでした。

翌朝は6時ごろに目覚めなかなかの天気。
バルコニーに入り込みそうな木々の枝。
緑も鮮やかで新鮮な気分。
夏の富士山も豪快。
雲が美しい。


 日が出ると赤富士に。
ちょっと立ち止まると白鳥たちが集まって何もくれないのが判ると去っていく。
前日に調達した朝食。
コーヒーが待てずにサンドイッチを一口。
美味い。
本日のメインイベント。
プールサイドパーティーです。
エーブル山中湖完成でプール開きパーティーを開催したのが始まり。
それ以来、毎年欠かさずパーティー。
流石さんはギタリストで菅平のホテルオーナーだそうです。
橋幸夫のバックバンドからジャズギタリストになったそうです。
左のテナーサックスは81才のプレーヤーでシャープス&フラッツなどフルバンで活躍していた方で歌うように響くサウンドがなかなかでした。
左の方は流石さんの相棒ですかキーボードでベース・ラインという器用な方です。
彼は私より若いらしい。
そろそろ時間かなあと出向くとこの通り、80人程度が集まっていました。
こんなにエーブル山中湖に人がいるとは思ってもいませんでした。
そういえば、駐車台数が50台程度で私など管理人の方が気を使って頂き確保でした。
まあ、軽自動車ですからどこでも入っちゃうんですけど。

 オードブルは後半になって到着でしたが十二分の料理が気に入りました。
この手のパーティーで料理がショボイとそれだけで興ざめですから。
飲み放題も豪快です。
一年一回、住人の皆さんを集めてライブパフォーマンス付きパーティーもいい。
私は営業じゃないので単なる住人で楽しめた。
ワンコたちはともかく、My奥様も大満足だったでしょう。
スィーツ。
2時間のはずが3時間近くで、最後は新婚の住人が紹介されたりでした。
水泳指導の手伝い少年が富士登山すると言ってたんで夜中に外にでると、カンテラ。
稜線に沿って美しい。
あの中に居たんだろうなあ。
3日8時過ぎの雰囲気は夏だなあ。
夕方、指導があるので帰り支度。
ワインディングが走りたくて道志みちから16号線を避けて厚木へ。
途中でコンビニに寄っておむすび2個とコーヒー牛乳。
ちょっと遠回りだけど、246が空いていて快適でした。
丁度、12時に帰宅。
今回も楽しかったなあ。